I Only Have Eyes For You 瞳は君ゆえに (カバー曲の話)
海外ドラマ、たくさん見るほうではありませんが、面白くて凄くはまったのが
名探偵モンクという作品です。
アメリカで2002年から2009年まで8シーズン放送され、日本でも何度も放映されているので、ご存じの方も多いかと思います。俳優の角野卓造さんが吹き替えをしています。
元刑事の犯罪コンサルタントが、天才的な推理力で事件を解決していく探偵もので、これがコメディなんです。強度の強迫観念があり、超潔癖症の主人公が巻き起こすドタバタ感は、シーズンを追うごとに増していく気がします。ビリー・ワイルダーとか、三谷幸喜とか好きな方に特におすすめしたいドラマです。きわどいシーンもないので、ファミリーでも楽しめます。
このシーズン1 の第7話のレストランのシーンで、登場人物がジュークボックスにコインを入れ、ある曲をかけます。
♪ I only have eyes for you ♪ 昔から大好きだった曲です。
君しか目に入らないよ...と、なんともロマンチックな...
I only have eyes for youというこの曲(邦題 瞳は君ゆえに)は、元々、1934年の Dames という映画のために作られたそうです。 Harry Warren 作曲、Al Dubin 作詞のこのジャズ曲は、スタンダードナンバーになり、多くの歌手に歌われました。
'I Only Have Eyes For You' - Dick Powell - DAMES (1934) w/ Ruby Keeler
そしてこの曲は1959年、ドゥーワップグループのThe Framingosの斬新なアレンジに よって、大きく生まれ変わる事になります。
The Flamingos - I Only Have Eyes For You
まるで雰囲気が違います。神秘的なコーラスとコードの響き。サビへ繋がった時の高揚感。見事です。1950年代、私がまだ生まれていない時代に、この洗練された楽曲が生まれていたのですから。
このアレンジはメンバーのテリー・ジョンソンの夢の中で生まれたといいます。バックコーラスの doo-bop sho-bop やコードの構成が夢の中で聴こえ、目が覚めた彼は、すぐにギターでコードとハーモニーを確認し、明け方にメンバーを呼び寄せたという事です。
レコーディングされた曲は、商業的でないという理由で、当初B面でしたが、DJに注目されたことでA面に修正されました。
このフラミンゴズにとって最大のヒット曲は、ビルボード最高11位。ローリングストーン誌が選ぶ「史上最も偉大な500曲」の158位にランクインしています。また、アメリカングラフィティをはじめとする映画やドラマでも度々使われています。
本当に多くのミュージシャンのカバーがありまして
ほんの一部ですが YouTube で聴いていきます。
1947年 ペギー・リー
I Only Have Eyes For You - Peggy Lee (1947)
1965年 フランク・シナトラ with カウント・ベイシーオーケストラ
クインシー・ジョーンズ指揮。最後の方はなぜか Fly me to the moon に聴こえる...
I Only Have Eyes For You Count Basie & Frank Sinatra
1966年 レターメン
昔のオリジナルに沿っています。彼ららしい上品で落ち着いたサウンド。
Lettermen - I Only Have Eyes For You (stereo mix) - 1966
1975年 アート・ガーファンクル
フラミンゴズのカバーとして有名。日本ではあまり認知されてないけれど、イギリスで1位、アメリカでも18位となるヒットとなりました。ブログ冒頭でご紹介した名探偵モンクで使われているのも彼のバージョンです。
Art Garfunkel - I Only Have Eyes For You ( HD Quad Mix)
1985年 ザップ
第三の解釈としたいです。
Zapp - I Only Have Eyes For You
1985年 シャーリー・バッシー
ハイブリッドみたいです。歌いだしは昔のバージョンみたいだけれど、イントロとサビへのつなげ方はフラミンゴズバージョン。
Shirley Bassey - I Only Have Eyes For You (1985 Live In Cardiff)
2003年 ハリー・コニック Jr.
イントロのベースなどはフラミンゴズを想起させるが、サビへのつなぎは昔のタイプ。
I Only Have Eyes for You - Harry Connick, Jr.
2005年 カーリー・サイモン
フラミンゴズバージョン
I Only Have Eyes For You - Carly Simon
2011年 ロッド・スチュワート
連作でスタンダードのカバーアルバムを出してた時はデュエットですが、これはソロ。昔のオリジナルに沿っています。洒脱な雰囲気を強調。この人ジャズシンガーに転向したのかな...
2012年 ミック・ハックネル(シンプリーレッド)
全体的にはフラミンゴズが濃厚。
Mick Hucknall - I only have eyes for you
2012年 ロビー・デュプリ―
フラミンゴズバージョン
本当に様々なパターンがありますが、フラミンゴズの登場以降はフラミンゴズのアレンジに沿っている作品が多いようです。 フラミンゴズが作り上げた楽曲は、オリジナルとはまた別の、もうひとつのスタンダードとしての道を歩んでいると言えるでしょう。
同じ曲で、二つのスタンダードの存在。こういう現象は非常に珍しく、意義深いものに思えます。
音楽家がどちらを選ぶか、極端な言い方をすると踏絵のような、自分のアイデンティティにさえかかわってくる重要な選択かもしれません。
しかし両者のパーツを部分的にチョイスするという例もありましたし、踏絵と言ってしまうとずれが生じますが、バランスの取り方、表現次第で、その人の価値観や美意識が非常に明確になる素材ではないかと考えられます。
一般的に、音楽家にとってカバーを演奏、歌う事は、優れた楽曲の力に頼れるメリットがありますが、比較する対象が存在してしまうので意外とハードルが高いかもしれません。人気の高い楽曲でカバーが多いほど、比較の対象も多くなって厳しい耳にさらされてしまいます。慣れ親しんだサウンドが良いと思われることの方が多いかもしれませんし、表現力をこれほど試される場って中々ないのではないでしょうか。
けれどもこの障壁を乗り越え、多くの聴き手の支持を得られれば、フラミンゴズのように、また新たなスタンダードを生み出す可能性も大いにあると思うのです。